高田流紋岩

白亜紀後期(約9,000万年前〜7,000万年前)西日本(当時はアジア大陸の東縁あたり)では大規模な火山活動が起こり、マグマが激しく噴出して地表に積み重なり、高田流紋岩(主に火砕流堆積物)を形成した。
その後、同じマグマの残りが地中でゆっくり冷えて広島花崗岩になった。
高田流紋岩(たかたりゅうもんがん)は、「溶結凝灰岩(火砕流が自重と熱で固まったもの)」が主体で、主に広島県中部から北部さらには島根県南部にかけて、非常に広範囲に分布し、単に一箇所に固まっているわけではなく、巨大なカルデラ構造(高田累層)を形成しながら、帯状に広がっているのが特徴。

1.分布の特徴
地質図で見ると、高田流紋岩は以下のような構造的特徴を持って分布。
2.広島花崗岩との接触
広島花崗岩が地下から上昇してきた際、すでに地上に噴出していた高田流紋岩を突き破ったり、その下に入り込んだりしており「下部に花崗岩、上部に流紋岩」という重なり方が多くの場所で見られる。
3.陥没構造(カルデラ)
高田流紋岩は、単なる溶岩の流出ではなく、噴火後に地盤が陥没した「カルデラ」の中に大量の火砕流が溜まったもの。そのため、分布域は円形や楕円形の陥没盆地のような形をベースにしている。
4.層の厚さ
場所によっては、この流紋岩質(溶結凝灰岩など)の層は数千メートルもの厚さに達する。これは、当時の火山活動がいかに凄まじかったかを物語る。

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