高山山頂から下り、国道315号を南下して道永の滝を見に行くことにする。
弥富の県道124号沿いの”デイサービスセンターやまびこ”付近から折れ、突き当りを左折。狭い道を100m程度進んだあたりに案内看板があり、右折して田万川に架かる橋を渡る。
あとは及谷川沿いに寂しい山道を進めば道永の滝がある。
ところで”滝めぐり”のページは久々の更新になるわけだが、滝のページは残念ながらサーバー移転時に画像が失われ、リンクが切れた状態になってしまっている。
復旧はもはや不可能(作り直す気力もない)であることを追記しておく。
道路沿いに2~3台程度駐車可能なスペースがある。
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道永(どうえい)の滝
道永の滝は、三段に分かれた高さ約70mの滝で、伊良尾山(阿武町)の湧き水を水源としています。一年を通じて水温の変化が少なく、14度前後の水が、いつも流れています。
戦国時代には、陶晴賢(すえ はるたか)の残党が、山伏となってこの地に逃れたといわれています。
また、その子孫、市高吉之兵衛(いちたか きちのびょうえ)が、滝壺のそばの洞穴に黄金の茶釜を隠したという伝説もあります。
須佐町・須佐町教育委員会
ではあるが、駐車場所から滝までは大した距離ではない。
落差70mといえば山口県有数の規模となるが、滝の上部が見えなくて全景がつかみづらいのが残念。
水源もさることながら、滝の形成も伊良尾山の噴火活動によるもの。
40万年前の溶岩(玄武岩)に沿って、伊良尾山を水源として流れ落ちる滝が形成されている。
道栄の滝を見た後は、滝ができる噴火をした伊良尾山周辺をウロウロする。
バイオ燃料の木材を切り出して集積しているような場所で、ここから林道が伊良尾山頂の方に続いているようだ。

イラオ火山灰層を見物
火山灰層が道路脇に露出していて、観察できるように施設が設けられている。
道路はここで行き止まりになっていて、延伸させる気はあると思われ、この先は工事中のようだ。
この広域農道の工事中に火山灰の地層が発見され、観察施設が設けられているということらしい。
火山弾が駐車場脇に展示されていて、40万年前の噴火の際による火山弾だと思われる。

有難い説明看板その2
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伊良尾火山の生い立ち
Eruptive History of Irao Volcano
阿武火山群
萩から阿武にかけての火山群は、現在から約200万年前から約1万年前まで活動していました。これらは「阿武火山群」と呼ばれ、100km²もの範囲に約40もの小さな火山が点在しています。伊良尾山はその中でも最大級の火山であり、約40万年前に活動しました。 火山群の多くは、ドーム状の「溶岩ドーム」や、すり鉢状の火口を持つ「スコリア丘」など、多様な火山の形を見ることができます。伊良尾火山は、噴火によって大量の溶岩を流し出し、周囲の谷を埋め尽くしました。溶岩は現在の田万川沿いに流れ下り、海岸線まで到達しました。このとき形成されたのが、畳ヶ淵などの柱状節理が見られる地形です。
空から見た伊良尾火山
伊良尾火山は、かつての田万川やその支流の谷を溶岩が埋め立てて、平坦な地形(溶岩台地)を作りました。その後、川の侵食が進み、溶岩で覆われた部分が周囲より高い台地として残る「地形の逆転」という現象が起こりました。 現在の伊良尾山山頂付近には、スコリアと呼ばれる火山のしぶきが積み重なった「スコリア丘」が見られます。
阿武火山群の火山の形
伊良尾山(スコリア丘): 山頂付近に見られるすり鉢状の地形。
笠山(スコリア丘・溶岩台地): 萩市にある最小クラスの火山。
姫島(溶岩ドーム): 海上に突き出た独特の形。
田万川に流れ込んだ溶岩流
伊良尾火山から流れ出した溶岩は、当時の川の谷を埋めながら数kmにわたって流れ下りました。冷え固まる際に規則的な割れ目(柱状節理)が生じ、それが現在、畳ヶ淵などの景勝地として観察できます。
スコリア丘と火山弾
噴火の際、ガスと共に噴き上げられたマグマのしぶきが、空中で冷えて固まったものが「スコリア」です。また、大きな塊として飛んできたものは「火山弾」と呼ばれ、紡錘形やパンの割れ目のような形をしているのが特徴です。
火山の恵み
火山活動は、肥沃な土地や豊かな湧水をもたらしました。道永の滝の湧水も、伊良尾火山の多孔質な溶岩層が天然のフィルターとなり、長い時間をかけて濾過されたものです。
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伊良尾火山の噴火のはじまり
水蒸気マグマ噴火でできた地層を火山礫・火山灰が降り注いでできた地層がおおっている
Irao volcano started with phreatomagmatic eruption. The deposit consists of small particles of the country rock and the basaltic magma, highly fragmented when rising basaltic magma interacted with groundwater. Well-sorted basaltic fallout lapilli and tuff layers from eruption clouds covered the deposit.
解説本文
今から約40万年前に、この地域の地下に玄武岩マグマが上昇してきました。熱い玄武岩マグマは地下水に触れて、マグマだけでなく大地をつくっていた約1億年前の凝灰岩も粉々に砕く大爆発をおこしました。そして、マグマや凝灰岩の破片を噴火口の周囲に積もらせました。このような噴火は水蒸気マグマ噴火と呼ばれています。
その後、この噴火でできた火口では、マグマのしぶきを噴水のように噴き上げる噴火(ストロンボリ式噴火)がおこりました。さらにマグマが急激に粉々にくだけたもの「火山灰や火山礫」を、およそ数千メートルの高さまで勢いよく噴き上げる噴火をくりかえしました。大量に上空へと運ばれた火山礫や火山灰(噴煙)はやがて水蒸気マグマ噴火でできた地層の上に降り積もりました。
萩・阿武の大地の土台はアジア大陸の破片ーアジア大陸の分裂
1億年前の日本列島の位置: 約1億年前、萩や阿武(日本列島)が北アジア大陸の東の端(今の朝鮮半島の東)にあったころ、はげしい火山噴火がおこり大量の軽石や火山灰を降らせました。この軽石や火山灰が固まってできた地層が、1億年前の凝灰岩です。
1,500万年前の日本列島の位置: 約2,200万年前から1,500万年前の間に、アジア大陸の東側の東が割れて、その一部が南へ移動し萩や阿武(日本列島)の骨組みができました。そして、割れてひろがったところに水がたまって日本海になりました。
以下抜粋
スコリア丘から大量に流れ出した溶岩流と溶岩流に運ばれてきたスコリア丘の破片
Voluminous lava issued from the base of the scoria cone. Moving lava broken a part of the scoria cone, and carried the blocks of the scoria cone (scoria rafts) on it. Lava and scoria rafts were rapidly covered by the fallout lapilli and tuff layers.
解説本文
伊良尾火山のスコリア丘のすそ野から大量の溶岩が流れ出しスコリア丘の一部を壊してしまいました。壊されたスコリア丘の破片は溶岩流の上に浮かんで、ここまで運ばれてきました。このスコリア丘の破片はスコリアラフトと呼ばれています。ラフトとは英語で「いかだ」という意味です。
スコリアラフトはすでに噴煙から降り注いだ火山礫・火山灰層におおわれてしまいました。右側でみた溶岩流には大きな穴(気孔)がたくさんありましたが、ここの溶岩流にはほとんどありません。溶岩の中にガスがほとんど溶け込んでいなかったか、溶岩の上に乗っていたスコリア丘の破片の重さで溶岩に溶け込んでいたガス成分が泡になれなかったのかもしれません。
ストロンボリ式噴火とスコリア丘
マグマのしぶきが花火のように噴き上がるストロンボリ式噴火でできたすり鉢状の地形を「スコリア丘」といいます。
阿武火山群のスコリア丘(笠山): 萩を代表する小さな火山。
伊良尾火山のスコリア丘(中山・佐古): 給食センターの裏手にあるもので、浸食されて形が崩れています。
溶岩流に運ばれてきたスコリア丘の破片(スコリアラフト)
スコリア丘ができている途中でまた新たにマグマが上昇してくることがあります。マグマはスコリア丘をつくっているスコリアや火山礫よりも重いので、火口まで上昇することができずスコリア丘のすそ野から周囲に流れ出します。
その時にスコリア丘の一部を壊されて溶岩の上に浮んで運ばれていきます。その結果、スコリア丘には馬のひづめのような凹地ができることがあります。溶岩に浮んで運ばれたスコリア丘の破片はスコリアラフトと呼ばれています。
この付近は1億年前の大規模な噴火活動による流紋岩質の溶結凝灰岩が土台にある。
伊良尾山の活動は40万年前なので、これは地質学的には”つい最近”の出来事。
土台にある太古の溶結凝灰岩の層の上に”つい最近”の、伊良尾山の噴火活動による噴出物の層が載っている。
伊良尾山は流紋岩ではなく、玄武岩質の火山であることは間違いない。これが説明看板にあるスコリアラフトなのか否かは私にはわからない。
中国地方には活火山が少なく(三瓶山と阿武火山群のみ)、伊良尾山のように火山を身近に感じられる場所は少ない。こうした場所が保存され観察施設が設けられているというのは素晴らしいこと。















